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怖い話 都市伝説18  田舎にまつわる怖い話

   

フーライ様

大した話じゃないと思うんだけど

地元で伝わる不老不死の人の話を少ししてみます。

その不老不死の人はフーライさんって言うんだけど

風来坊からきてるらしい。

フーライさんの話を聞いたのは、幼稚園に通ってた頃。

ひいばあちゃんが亡くなる時にその話をきかせてくれた。
ひいばあちゃんは亡くなる直前まで元気でピンピンしてた。

でも、亡くなる一週間くらい前からか、もうすぐ自分は死ぬんだと家族に言っていた。

だからと言って元気がなくなったり寝たきりかって言えばそんなことはなくて

それまで通りピンピンしてた。

ひいばあちゃんの部屋に弟と二人で呼ばれて行ったら

ひいばあちゃんは、ふーらい様にまた会いたいと言い出した。

フーライ様って誰?って聞くと

フーライ様は不老不死の人だと教えてくれた。

ひいばあちゃんが小さいころに会ったことがあって、

たまに地元に帰ってきてはもてなしを受けていたらしい。

ひいばあちゃんが会った時のフーライ様は30歳くらいの外見だったよう

それからひいばあちゃんはフーライ様について話し始めた

フーライ様は、もともとその地に住むアイヌ人らしい。

本当の名前はもう誰も知らないみたいで本人に聞いても、

風来坊とでも呼んで下さいとしか言わないらしく、

それでフーライ様になったらしい。

あとは、聞いた話だから本当かはわからないけど続けます。

フーライ様は元々、普通の人だったらしい。

ある時、集落の付近になぜかクマがたくさん集まってきたことがあった。

このままじゃ、いつか襲い掛かってくるかもしれないけど

アイヌ的に、クマってのは神様みたいなもんだからどうにもできない。

イヨマンテっていう儀式だかお祭りではクマを食べたりするらしいんだけど

その時期でもないし、困ったなって時に

ついにクマが集落の女性を襲って食べてしまったらしい。

その女性っていうのがフーライ様のお母さんだったらしい。

それでフーライ様はそれまでの温厚な性格からは想像できない程怒り狂ったらしい。

そのまま山に入っていったフーライ様は数週間戻ってこなかった。

で、フーライ様が戻ってきた時、女性を食べたクマを殺して毛皮だとかを持ってきた。

敵討ちなのはそうなんだけどクマってのは神様だから集落の人から大バッシングを食らった。

神様の祟りを恐れた人たちが

フーライ様を縛り上げて、生贄にするために山の中に放置した。

案の定、クマがフーライ様の周りに来て

襲いかかってきたところで、フーライ様は諦めてしまった。

でも、そのクマはフーライ様を食べないで、話しかけてきた。

「お前には、死ぬよりも苦しい罰を与える」

って言って、そのクマはフーライ様を縛っていた縄を噛みちぎって立ち去ったらしい。

それから、フーライ様は自分の集落に戻ったんだけど

そこでは、やっぱり集落の人にボロクソ言われて

弁明の余地なく、フーライ様はその地を去ることにした。

それからフーライ様は、各地を渡り歩いては色んなことを勉強して

何十年かに一回、その地に戻ってきては新しい技術だとかを伝えてきたらしい。

その時はもちろん身分を隠していたようで

最初のうちは、大人はみんな自分のことを知っているから

子供とかにこっそりやり方とかを教えていたらしい。

ここまでが聞いた話です

それから長い間、そういうことが続いて、

ひいばあちゃんが子供の頃に来てからはフーライ様はまだ戻ってきてなかった。

結局、ひいばあちゃんが生きてる間にフーライ様は来なかった。

ちょっと時間は進んで、私が小学生の時

私の地元では、お盆の時期からは山に入っちゃいけないって言われてた。

その時期は、山が一番力を使う時期だから

山に入ってしまうと、山に吸収されて戻って来られなくなるかららしい。

まぁ、実際はクマが冬眠に向けて食べ盛りだから危ないってことだと思う。

ほんの肝試し的な感じで仲の良かった友達とで山に入ったことがあった。

その辺になってる桑の実とかコクワとか食べながら

全然大したことないじゃんwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

とか余裕こいて歩いてた。

ちょっと開けたところでひとしきり遊んで

そろそろ帰ろうかってなって異変に気づいた。

さっきまで見えていた麓の家とかが見えなくなってた。

暗いわけじゃないのに、木しかなくなってた。

山と下る方向にいくら歩いても出られなくて

もうみんな泣きながら歩いてた。

最終的に、もう歩くのをやめてみんなで座り込んで泣いてた。

帰れなくなって、夜になったらクマに食べられてしまうって。

そうしてから10分も経たないうちに、近くで草が揺れる音がした。

みんな一瞬静まり返ってそっちを見た。

近づいてくる音はするけど草も揺れないし姿も見えない。

もうみんな怖すぎて声もでなかった。

ちな私はもらしてた。

そしたら、音がしてたのとは違う方から大きい影が出てきて

「ほら、お前ら何しとる」

って話しかけてきた。

その影は大きくて、ほぼクマだった。

毛むくじゃらで大きくて、クマそのものに見えた。

でもよく見てみると、人の顔をしていて

ヒゲとか眉毛とか毛がすごい、大きい男の人だった。

その人に連れられて歩いて行くと、なんとはなく山を出られて

もう山に入るなと叱られた。

みんなそのままそこで別れて帰宅したんだけど

その大男はすぐに山に戻って行ってた。

それを帰ってから親に話すと

山に入ったことは怒られたには怒られたんだけど

それより、その男の方に興味が行っていて

フーライ様じゃないのか!?って言って

どこかに電話してじいちゃんと父さんは二人で慌てて出かけていった。

ばあちゃんは、怖かったなぁとか、フーライ様が助けてくれたから

今度あったらお礼言わないとねとか言ってた。

結局、じいちゃんと父さんは数時間後に戻ってきて

ばあちゃんと母さんと4人でちょっと話をして

母さんを残して、3人は公民館に出かけていった。

なんでも、フーライ様を迎える準備をしに行くらしい。

母さんは残って、私と弟を寝かしつけて

それから向かったようだった。

それから、一週間くらい昼夜問わず公民館で宴会が開かれた。

昼間は仕事があるから全員ではないけど

必ず何人かはいるようにして料理も切らさないで

いつフーライ様が来てもいいようにしてたらしい。

私たちも、学校帰りに寄って料理を食べたりした。

その時、フーライ様が来たのかは覚えてないけど

なんか近所中がとても賑わってた記憶がある。

中途半端かもしれないけど

これで一応終わりです。

風葬 の風習が残る地域

むかし秩父の荒川上流ダム群のあたりに

イツザミという村八分にされた3戸ほどの集落があった。

その人達の間では法律によって禁止される昭和初期まで風葬が行われていた。

遺体を風葬する洞窟には鵺というのが棲みついており

死体の肉をキレイに食べて骨だけにしていると言い伝えがあるそうだ。

そしてその骨を洗骨し壷に入れて洞窟に納めるが風習だったらしい。
日本が高度成長期に入る頃、父が住んでいる地元で戦時中に使われていた近くの

防空壕から気味の悪い奇声が聞こえてくると噂が広まった。

あるとき地元の若い男達3人が酒を飲んだ勢いで、その防空壕へ肝試しに入った。

男達が戻ってくると得体の知れない大きな獣の死骸を持ち帰り

これが化物の正体で退治してやったと地元民に勇ましく見せびらかしていた。

だが数日後その獣に直接トドメを刺して殺した男が突然死んだ。

そして葬儀が行われ火葬された男の遺骨が、何故かまったく残らず全て灰になってしまい結局それで祟りだ呪いだの噂や騒ぎが大きくなり揉めに揉めていたら、

それを見かねた土地の有力者が火葬炉の火の調整の不手際よって起きたのが原因で

祟りではないという事情を説明して遺族に弔慰金を渡して騒動を収拾させた。

だがその後…

土地の有力者は防空壕の傍にあの獣の魂を鎮める小さな塚をひっそりと祀っている。

地元民はそれを「鵺塚」と呼んだが、塚がダムに沈んだ後でも

公でその話をする人はいなかった。

この話を父が亡くなる直前に聞かされ、

私はよくある迷信の類と思い本気にはしていなかったが

父が他界し葬儀の最中にある事に気づいた。

父方の身内や親戚の葬儀で骨上げをした事が一度もない事を…。

山の中の鳥居

数年前結婚した年のお盆休み、嫁の実家に泊りがけで行った時のこと。

822 :本当にあった怖い名無し:2016/08/18(木) 14:49:20.22 ID:2y13l3CQ0.net

嫁実家は中国地方の山の中で、最寄りの高速インターから二時間ほど走った所。

生まれも育ちも大阪、両親の実家も市内にあった俺にとっては、夏の田舎の景色は新鮮で楽しかった。

嫁実家の周囲を堪能した翌日は、もうちょっと足を延ばそうと、嫁と二人車で出かけた。

ナビも使わず適当に車を走らせて、周囲の景色を楽しんでいた。

低い峠を越えて一時間ほど走ると道がぐっと細く、疎らな家々もみんな空き家のようになっていった。道沿いの田んぼもほとんどなくなった。

「もうそろそろ戻ろうよ。このままだと本格的に山の中に入っちゃうよ」と嫁。

そだな、と方向転換できる場所を探そうとゆるゆる行くと、無舗装のわき道を見つけたのでそこへ頭を突っ込んだ。

前方は山裾から休耕地というのか、草ボウボウの広い空き地が広がっておりそこに道が続いていた。

そのぽっかり開けたところの真ん中がキラキラ光っているのが見えた。

「あれ、なんだろ?」

「池かなんかでしょ。早く戻ろうよー」

「いや待て待て、なんか綺麗だし」

と構わず車を進めると確かに小さな池だった。

六時にはなっていなかったと思うが、後ろの山に陽が落ちかけて、青く沈んだ山の手前にある池が夕日でキラキラしていたのだった。

「おー綺麗やな!ちょっと車降りて見てこようよ」と俺。

嫁は「池なんか見ても仕方ないし。ここで待ってる」とのってこないので、行けるところまで車を進め、嫁をおいて一人で車を降りた。

池は25メートルプールくらいの小さなもので、貯水池なのか下手になるほうに小さな水門のようなものがついている。

ぶらぶら歩きながら山手側を見ると、池のへりに小さな鳥居があった。

「なんで鳥居?神社って見当たらないよな?」

近くまで寄って見る。鳥居は木製で、俺の胸のあたりくらいしかない。

たいして気にもとめず、そのまま鳥居の横を過ぎて池を回り込もうとした。

その時、しゃん、しゃん!と巫女さんが持っているような鈴の音が聞こえた、気がした。

あれ?と思って振り向いたけど何もない。

山に遮られて、もう俺と池の周辺に陽差しはなくなっていた。

池もキラキラしていなかった。気のせいか空気もヒンヤリしてきた。

とまたその時、確かにしゃん!と鈴の音が聞こえた。

ひえー、ちょっと怖いぞ?と足を早めだした途端、ビーーーーー!と俺の車のクラクションがすごい勢いで鳴った。

心臓が止まるかと思った。すぐに車の方を見た。

車はまだ陽に照らされていて、ハンドルに抱き着ついている嫁が見えた。

その嫁が喚いているような形相でクラクションを押し続けている。

どうした!?と全速で走って車まで戻ると、「早く乗って!乗っててば!!」嫁がすごい形相で喚きながらドアを開ける。

急いで車に乗り込んだ俺が「どうした?」と言う間もなく、嫁は必至な形相のまま、車をバックさせ始めた。

パーキングでいつも苦労している嫁が、ずいずいと車をバックさせ、脇道から本道に戻って切り返し、すごいスピードで走り出した。

俺はしばらく呆気に取られてたが、だいぶ戻って道が広くなった所で運転を代わり、「どうした?」と嫁に聞いた。

嫁は涙目で、首を横に振るだけだった。
とにかくナビを起動させて、嫁実家の集落から川二本ほど隔てた山端から一時間くらいかけて嫁実家に帰った。

帰宅してちょっと落ち着いた嫁が言うには、俺が行ってから嫁は車中でスマホをいじってたのだが、ふと顔を上げると、俺が鳥居に差し掛かる手前だったそうだ。

俺の周囲がなんかモヤモヤしてる?と思ったらしい。

ちょうど陽炎で、空気が揺れて景色が歪む感じっていうか。

なんだろ?と思ってそのまま見てると、俺が鳥居で立ち止まった。

するとモヤモヤの中に、うっすら人影のようなものが浮かんできたんだという。

半透明の白と赤の衣装の女性の後ろに、黒いだけの影がいくつもふわーっと浮き立つように現れ、俺の後ろぴったりついたそうなんだ。

俺が振り向いてまた前を向いたとたん、俺に覆いかぶさるかと思うぐらいそれらの影がもわーっと大きくなってきたそうだ。

嫁は一気に鳥肌がたったが、俺と一緒に逃げなきゃ!と思って運転席に移り、めいっぱいクラクションを鳴らして俺を呼んだらしい。

俺がダッシュで車に向かってくる時は、俺の後ろはまだモヤモヤしていたがとにかく早く戻って来て!そいつらは来るな!来るな!と必死だったそうだ。

後は車でひたすら走る。怖くてバックミラーもルームミラーも見なかった。

確かに急にひんやりしたし、鈴の音も聞こえた気がした。

俺には何も見えなかったが、そんなことになっていたのか?とその話を聞いて俺も鳥肌が立った。

俺もだけど、霊感などない嫁も今までそんな体験をしたことなかったんだ。

夕食時、義父が「ドライブどこまで行ってきた?」と聞いてきた。

嫁が「うん、あの辺は○○町か△△町かなあ。山端まで行ってきた」と何もなかったふうに答えた時も、義父義母ともに特に反応はなく、

「へー。なーんもないやろ?町の人は面白いんかな」と笑っただけだった。

と、どうやら地元で噂があるとか、曰くのある場所ではなさそうだった。

でも俺も嫁もまだ怖かったし、何より付いてきてないかどうか不安だった。

実際に見てしまった嫁は俺よりもっと怖いはずで、その晩は電気をつけたまま寝る!と主張した。

俺もそのほうがありがたかった。

その夜中、何も怖いことや不思議なことは起こらなかったが嫁はまだ怖がっていたし、念のためと思い翌日二人でその辺りで一番大きい神社へ行くことにした。

とりあえず家内安全と災難除けのご祈祷を二人で受け、車も交通安全(これでいいのか?)のご祈祷を受け、お守りを三つ貰って帰ってきた。

その後は何もない。毎年嫁実家へも帰るけど、何もなくてホッとしている。

あの池で何かあったのか、嫁が見たものはなんだったのか、何もわからない。

ただ思い出すと本当に怖い。

クロ教の鉄の掟  隠れキリシタン

クロ教(クロ宗)とは、鹿児島県甑島の一部で信仰されていると言われる土着宗教。

キリスト教が禁止・弾圧されていた時代からの隠れキリシタンの一部であるとされている。

甑島では、1602年にドミニコ会の宣教師が来航してキリスト教を広め、禁教令によって弾圧が始まると1638年には信者が捕えられて処刑されたと言われている。

このほか、甑島にある天上墓は、フランシスコ・ザビエルの通訳者だったヤジロウ(1511年?~1550年頃?)の墓であるという伝説があり、キリスト教伝来期から信者がいた可能性がある。

また、島原の乱(1637-1638年)以降に甑島に逃れて来た隠れキリシタンの末裔であるという説もある。

今から400年前、キリスト教徒が江戸幕府によって迫害されていたころの話。

島原の乱に敗れたあと、彼らは幕府からの厳しい弾圧を逃れるべく、鹿児島県、下甑島(しもこしきじま)に流れ着いた。

離島であるがゆえに、幕府の追及も届かない。

ようやく安住の地を得た彼らはこの島にTという集落をもうけ、なおもキリスト教を信仰し続けた。

とはいえ世間から孤立することにより、キリスト教本来の教えとは異なる独自の宗教を編み出すに至る。

それが『クロ宗』だった。

クロス(十字架)が語源といわれ、外部との接触を完全に拒んだ秘密結社的な概念。

驚くべきことに、隠れキリシタンの末裔たちによって、今もなお受け継がれているそうだ。

『クロ宗』の最たる特徴は、死の儀式にある。

信者が生命の危機に瀕した場合、『サカヤ』と呼ばれる司祭のもとに運ばれ、まだ息があるにもかかわらず、生き血と生き胆を摘出するというのだ。

信じがたい話だが、その取り出したるモノを信者全員で食べ、飲み干すという……

ある大学の民俗学教授は言う。

「宗教儀式の中には、死者の魂を取り込むため、身体の一部を食するというものは存在します。
ですが、生きているうちから血と肝を抜くというのは稀ではないでしょうか。
サカヤ(司祭)の家から出される遺体は白い布でグルグル巻きにされ、その布には血が滲んでいるというのですから、恐ろしい儀式ですよね」

とはいうものの、この禁断の儀式は詳細がいまだ明らかにされていない。

『クロ宗』を信仰するT集落の住人は、よそ者を完全に拒み、話しかけても相手にすらされない。取材にも一切応じない。

家屋は全部で二十戸ほどの小集落にすぎない。

しかもそれぞれの家が、三メートル前後ものブロック塀で囲まれており、異様な雰囲気を醸し出している。

『クロ宗』信者には集落内での出来事を一切口外してはならないという鉄の掟があり、それを破った者は命を取られるのではないかともウワサされている。

(了)

神の子

私の住んでいた島で私が小さい頃、神の子だと崇められていたお兄さんが居た。

495 :2016/05/22(日) 20:46:37.96 ID:whQIhQFV0.net

近所に住んでいたお兄さんで特に神々しいとか、特別な存在だなと感じるようなものは無かった。

お兄さんは当時中学生だったと思います。

私達は小学一年生で、よく遊んでもらいました。

道行く人がお兄さんを見かけると拝んでから過ぎ去っていく様子は、今でも鮮明に覚えています。

お兄さんに遊んでもらっている最中に、私達の同級生の一人が素朴な疑問をお兄さんに投げかけました。

「どうしてタケにいちゃんは拝まれたりするの?」

お兄さんは少し困った表情で、

「ぼう(僕)の事を神様か何かだと勘違いしてる人がおるんや。変な人らやね」

誤魔化すようにそう答えました。

私達は「へぇー」と言うしかありませんでした。

家に帰ってからお兄さんの事を親にも聞いてみました。

親は「知らない」の一点張りで教えてくれません。

おじいちゃんに聞くとおじいちゃんは快く教えてくれました。

おじいちゃんから聞いた話と、少し大きくなってから聞いた話を混ぜてまとめると、漁師の息子であるお兄さんはある日、父親の仕事についていくために漁へでかけます。

しかし島を出てすぐに大波に襲われ、船舶事故に遭います。

被害者は約十名。全員が漁師です。

死者は一人も出ませんでした。

私達の住む島の10kmほど先の無人島に皆が打ち上げられ、食料も豊富なその無人島で漁師達は1週間生きながらえ、砕石などを運ぶ大きな船に助けてもらったそうです。

お兄さんの父親だけが、息子がいない!探してくれ!と島の周りを泳ぎまわり探してまわってたそうです。

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